EPISODE GUIDE · 2023

どうする家康話数案内

副題、初回放送日、あらすじを放送順に掲載しています。

1

どうする桶狭間

今川家の人質として駿府で育った松平元康は、瀬名との穏やかな暮らしから一転、大高城への兵糧入れを命じられる。任務を果たした直後、桶狭間から戦局を変える急報が届く。

2

兎と狼

今川義元の死で孤立した元康は、駿府へ戻るか故郷の三河を守るかの選択を迫られる。大樹寺まで追い詰められた末、家臣の言葉を受けて岡崎へ帰る決意を固める。

3

三河平定戦

岡崎に戻った元康は織田軍に対抗するが、今川から援軍を得られず苦戦する。今川との決別を勧める家臣たちに迷う中、生き別れた母・於大との再会が決断を迫る。

4

清須でどうする!

元康は清須城で織田信長との盟約交渉に臨み、予想外の条件を突きつけられる。一方、駿府に残された瀬名は今川氏真から元康との離縁を迫られ、夫婦は別々の危機に直面する。

5

瀬名奪還作戦

駿府に捕らわれた瀬名を救出しようとする元康は、家臣の反対を押し切り本多正信に策を委ねる。しかし計画は今川氏真に漏れて失敗し、関口家に死罪が下されるが、正信は再び新たな秘策を講じる。

6

続・瀬名奪還作戦

氏真は降伏しなければ瀬名らを殺すと通達し、追い詰められた元康は正信の案で半蔵を上ノ郷城へ送り鵜殿父子を捕らえる。数正の交渉に氏真が折れて承諾し、川を挟んだ人質交換が実現する。

7

わしの家

松平元康は信長の進言で家康と改名するが、三河の争いは続く。瀬名の話で一向宗の人気を知った家康は百姓に変装して本證寺へ潜入し、住職の説く教えが信長にも伝わり、対応を余儀なくされる。

8

三河一揆でどうする!

本證寺からの年貢徴収が引き金となり、三河全域に一向一揆が勃発。鎮圧策はことごとく失敗し家臣の離反も重なるなか、半蔵を遣わした家康は、敵方を支える軍師が重臣・正信だと知る。

9

守るべきもの

腹心・本多正信が一揆の軍師だったと知り疑心に苦しんだ家康は、長老の諭しで本證寺攻略へ踏み出す。織田信長の命で和睦による騙し討ちを強行して一揆を鎮圧し、最後まで謝らなかった正信を追放する。

10

側室をどうする!

一向一揆鎮圧後に三河を固めた家康は今川家国衆への調略を始め、妻・瀬名は築山に庵を設ける。生母・於大の勧めでお葉が側室となるが身を引く一方、京では将軍・義輝が討たれ、信長と武田が動き始める。

11

信玄との密約

家康は三河の国司に任じられ徳川姓へ改名。信玄との密約で今川領の分割に応じ遠江へ進むが、田鶴の守る引間城を攻める一方、瀬名は親友の死を察する。

12

氏真

徳川家康は今川氏真の籠る掛川城を攻め、一騎討ちで制して自害を思いとどまらせ、北条家へ下る条件で降伏させ今川家を滅ぼす。これに武田信玄は怒り、両家の対立の火種が生まれる。

13

家康、都へゆく

義昭の命で上洛した家康は、忠勝が浅井の家臣と起こした喧嘩を長政のとりなしで収めるが、いざ義昭と対面して失望する。三河へ帰ろうとした矢先、信長から朝倉義景討伐を命じられ、言葉を失う。

14

金ヶ崎でどうする!

朝倉義景征討のため金ヶ崎城に陣を敷く織田軍。浅井長政の裏切りが判明し撤退を決めた信長のもとで、徳川家康は木下藤吉郎らとともに殿戦を担う。

15

姉川でどうする!

姉川では先陣を命じられ、長政の誘いに心揺れつつも戦って大勝。帰国後は浜松へ移って岡崎を信康に譲り、瀬名と別れを惜しみつつ城へ向かう道中、襲撃してきた少女は井伊直政だった。

16

信玄を怒らせるな

遠江では信玄の懐柔が進み、家康方の離反が相次ぐ。謙信と結ぼうとした密書が信玄に渡り開戦は必至となり、人質の義弟救出を経て、家臣団の奮起が家康に戦う覚悟を固めさせる。

17

三方ヶ原合戦

武田信玄の侵攻で城を次々と落とされた徳川家康は、織田信長から援軍の約束を取り付け、浜松城での籠城を決める。だが武田軍が城を無視して進んだため追撃に出て、罠にかかって壊滅的な敗北を喫した。

18

真・三方ヶ原合戦

浜松城では忠次と数正が門を開いたまま敵に罠を疑わせ、武田軍を撤退させた。家康は広次が甲冑をまとい身代わりに敵中へ向かい救われ、信玄は西上を続けたが甲斐へ引き返す。

19

お手付きしてどうする!

織田信長が包囲網を突破する中、家康は側室のお万との間に子ができたことを妻の瀬名に知られ、説教される。瀬名はお万の覚悟に触れ、信康と五徳を守るため岡崎へ帰る。

20

岡崎クーデター

武田勝頼の攻勢に徳川軍が敗れ続ける中、岡崎城の大岡弥四郎が部下約30名と武田方へ通じ、深夜に松平信康と瀬名を狙うクーデターを起こす。山田八蔵の密告で失敗し、武田軍は撤退、瀬名は千代を築山に招く。

21

長篠を救え!

武田軍に長篠城が包囲され、鳥居強右衛門が岡崎へ援軍を求める。家康に家臣従属を迫る信長の脅しは亀姫と瀬名の働きで先送りとなり、捕らえられた鳥居は援軍到来を叫んで磔にされた。

22

設楽原の戦い

設楽原で織田軍の大量の鉄砲により武田の赤備えが壊滅し、家康と松平信康は織田家への従属を決める。その後、好戦的に変わった信康が夜の庭で涙を流すのを目にし、瀬名は深い不安を抱く。

23

瀬名、覚醒

築山での密会が五徳の報告で信長に伝わり、武田へ兵糧を流していた水野信元の処断を家康に命じる信長。好戦的になった信康を案じる瀬名は、築山の面々を一新し、唐の医師・滅敬を呼ぶ。

24

築山へ集え!

心を病んだ信康を前に瀬名は温めてきた構想を動かし、築山に人々を集めて武田と徳川が対等に連なり銭の統一で東国に巨国を築く理想を示す。家康と密約を交わすが、のちに勝頼がその密謀を公にする。

25

はるかに遠い夢

信長から岡崎の謀反疑惑を問われた家康は、妻と子の処置を自ら決めるよう命じられる。信康は父に別れを告げて21歳で自刃し、逃亡を拒んだ瀬名も国を守るよう諭した後、家康と最期の別れを遂げる。

26

ぶらり富士遊覧

家康は信長の命で降伏を認めず高天神城を落とし、忠勝ら家臣の心は乱れる。武田家滅亡後、家康は信長に富士遊覧のもてなしを提案して成功させ、喪失の悲しみを隠し続ける。

27

安土城の決闘

武田家滅亡後、信長に安土城へ招かれた家康は毒への不安を抱えつつ旅立ち、饗宴で鯛の臭いを疑うと光秀が退けられる騒ぎとなった。夜の語らいで信長と掴み合いになり、のちに信長は本能寺へ、家康は堺へ向かった。

28

本能寺の変

堺を訪れていた家康は、信長が本能寺で明智光秀に討たれ、自分も追討の対象となったと知る。少数の兵とともに追手をかわしながら、三河への逃亡を図る。

29

伊賀を越えろ!

家康は半蔵の提案で三手に分かれて伊賀越えを敢行、手厚いもてなしの城を夜半に後にするが、伊賀で捕らわれ斬殺の危機に陥る。かつての家臣との再会で命拾いし、岡崎城へ帰還した。

30

新たなる覇者

明智光秀が山崎の合戦で羽柴秀吉に敗れた後、秀吉は清洲会議で三法師を後継に据え、家康は旧武田領の獲得を目指して北条家と衝突し和睦。賤ヶ岳の戦いでは静観を貫き、柴田勝家は北ノ庄城で最期を遂げた。

31

史上最大の決戦

家康は信長から賜った茶器を秀吉へ贈り探りを入れるが、安土を追われた信雄の懇願を受け挙兵。忠次の夜襲成功に乗じ小牧山城に本陣を置き、犬山城の秀吉軍との小牧・長久手の戦いが始まる。

32

小牧長久手の激闘

徳川家康は本多正信の策で堀にみせかけた抜け道を築き、羽柴軍が三河へ攻め込む作戦をいち早く察知。榊原康政の奇襲で中入り勢は総崩れとなり、池田恒興と森長可は討ち取られ、羽柴軍は退いた。

33

裏切り者

信雄が独断で秀吉と和睦したため大義を失い、家康は養子の差し出しに屈する。その後も秀吉の圧力が強まる中、数正だけが臣従を主張したが退けられ、やがて出奔する。

34

豊臣の花嫁

石川数正の出奔で内情を知られた家康は窮地に陥るが、天正地震で戦機は失せる。秀吉が妹や母を人質に差し出す中、数正の憎まれ役としての真意を悟った家康は、秀吉への臣従を誓う。

35

欲望の怪物

上洛した家康は大坂で秀吉から厚くもてなされ、太平の世への決意を語る。帰路には三成と知り合い、のちに沼田領を巡る交渉で、養女を信幸の嫁にする提案を受ける。

36

於愛日記

鳥居元忠が武田家に仕えた忍び・千代を半年匿っていたため忠勝と衝突するが、稲が信幸に嫁ぎ北条との問題は解決。家康は於愛と瀬名らの思い出を語り合い、秀吉のもとでお市似の側室・茶々と対面する。

37

さらば三河家臣団

茶々が鶴松を産み、勢いづいた秀吉は北条討伐を決め、家康に先陣と関東移封を命じる。三河を離れることとなった家康は胸の内を明かせぬまま出陣し、開城後の氏政から関東の地と民を託される。

38

唐入り

唐入りを命じた秀吉は勝報に浮かれるが、家康が実情を知り渡海を止めて一喝。義昭の指摘もあり正気を取り戻した秀吉は唐入りを断念するが、茶々から第2子妊娠の報せが届く。

39

太閤、くたばる

茶々が拾(のちの豊臣秀頼)を出産し、秀吉は明国との和睦案を提案するが受け入れられず、偽りの和議と判明して朝鮮再出兵を宣言。やがて病に倒れ、家康に秀頼を託して世を去る。

40

天下人家康

豊臣秀吉の死の公表を五大老・五奉行が見合わせ、朝鮮からの撤兵で将兵の不満が高まるなか、家康の縁組みの噂から三成との対立が悪化。三成は隠居して家康と決別し、家康は太平を乱す者を許さないと告げる。

41

逆襲の三成

上杉征伐のため家康率いる大軍が会津へ向かい下野国小山に留まっていた頃、上方で石田三成が兵を上げ、毛利輝元や宇喜多秀家、大谷吉継らが加わっていた。

42

天下分け目

大坂奪取の報と三成の大軍に徳川勢は士気を失うが、阿茶局の無事を伝える手紙で一気に盛り返す。家康は豊臣家に仕える武将らを自陣に引き入れ西進し、昌幸の降伏は秀忠軍を引き留める偽りだと明かされる。

43

関ヶ原の戦い

大垣城を後にして関ヶ原へ進んだ家康の東軍は西軍に囲まれ苦戦するが、空砲を機に小早川軍が動き、離反者が相次いで西軍は崩れた。捕縛された三成は家康との対面の後、斬首された。

44

徳川幕府誕生

関ヶ原の勝利後、家康は秀忠と大坂城で秀頼や茶々に会い、1603年に征夷大将軍となって幕府を開く。千姫と秀頼の婚儀も進むが、1605年に秀忠が将軍を継ぐと大野治長や茶々は激怒する。

45

二人のプリンス

家康は秀頼との会見で先に入城し上座を譲られ、謝罪まで受けて評判を落とす。秀頼は方広寺大仏殿再興へ進み、開眼供養で豊臣家の威光が高まることに秀忠は憂慮を示す。

46

大坂の陣

大仏殿の鐘の銘文を巡り家康と豊臣家の対立が深まり、要求が拒否されたまま浪人達が大坂城へ集結して冬の陣が開戦する。家康は和睦を考えつつ、真田信繁に苦しめられながら本丸への砲撃を開始する。

47

乱世の亡霊

大坂城が崩壊の危機を迎える中、茶々は妹の初を使者に立て和平を成立させる。だが再び戦支度が進んだことを知った家康は兵を進め、秀頼は自らの意志で戦いを誓う。

48

神の君へ

家康は豊臣との決戦で信繁らに命を狙われつつも徳川を優勢に導き、千姫の助命訴えには容赦ない決断で応じた。翌年の江戸で天海がその功績を讃え、福は竹千代へ神の君の由来を伝えるが、家康は突如病に臥す。

REFERENCES

参照資料